私は無能者 無価値

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たくさんの思いが溢れているのに
かき消す

何もなかったように

仕事が終われば帰り、風呂に入り、寝る

話をすることも面倒で、誰とも話したくもない。

ただ、今が辛く、寝てしまえば明日が来る

明日が来れば、仕事へ行く

一緒に居るはずの家族と一緒に居ないことが、未だに消化できていないストレスと格闘すれば、
苛立ちで自分を刺し殺したくなり、
それから逃げるためには眠るしかない

両親の優しい声かけは
自尊心を、傷付ける言葉にしか聞こえず

ますます苛立つ


あなたは無能だから
あなたは可愛そうだから

娘を生きられない程追い込みたかったら
追い込めばいい
情けなく耐えられなくなれば私は死ぬ

その苛立ちを隠すために、顔も見ない行動になる
自殺に追い込みたければ、もっと私を無能者にするがいい

もう、私が幸せだった家族の元に帰れる日はないのだから
愛する娘にお弁当さえ作ってあげられない
抱きしめることもできない

夜中に涙で目が覚める
頬を伝って何度も落ちる

私は娘にとって最低な人間
生きてるだけで遺族年金が入る祖母

死んで保険金が下りて価値がある私

2016 9 10  2年体育祭

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あっという間に終わってしまった
この日は、貴女をずっと見ていられる日なのに、辛くて辛くてたまらない。
自分が、貴女の母でそばに居るはずなのに、あなたの側には、違うお母さんが居て、微笑みかけてる。
私でない違うお母さんがあなたに優しい顔で、接し

主人とも、義母とも楽しく幸せにしている
私には出来なかった風景

みんな今の方が幸せなのだから私が居なくなり良かったのだ。
家族に何も被害が無かったのだから、そして幸せなのだから私が去ったことは間違っては無かったのだろう
ただ、自分の気持ちだけ置き去りに、今も帰りたい、いつまでも帰れると思って居たのだから、仕方ない
娘の側に居たかった
成長をずっと見ていたかった

ただただそれだけが残った。
行き場のない思いは、眠って薄くするしかなく
娘の影は消えはしないがリセットするしかない

娘も主人も私が居ないことを、リセットし続けたはずだから

長門市 大浜海水浴場 

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大浜海水浴場は、前来た時、次の夏に来る約束をした海

でも私のせいで来れなくしてしまった
今日独り見たここも、なぜか色褪せていた
心が曇ってしまったから
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大事な思い出の場所
二度と帰らない、失った場所

もう、何も求めない

不如意で生きること

死んだような日々であっても、佛になったつもりで、不如意でいることしか生きる価値が見出せない

長門市 二位ノ浜海水浴場 

f:id:mifulove:20160831105330j:plain今日は気分を変えたくて、夏休み最後の海を追いかけてきました。綺麗すぎた

ここは、3人で最後のキャンプをした場所
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もう、あの日には戻れない
あの時3人で見たここはエメラルドグリーンの海とこんもりした山と空を舞う鷹が何かを思わせる神秘的な、場所だった

大切な家族をなくした者には、薄く褪せてしまった

なぜ無くしたのだろうか
理由は分かり切っているが、3人できた時より色褪せていた

私の心がなくなったから色褪せて見えるのだろうが

昨日までの溜息と、自滅的な思いは晴れた

また、来年の夏に、今度こそボードを持って来よう
本当は今日持って来るつもりだったはずが、気持ちが上がらず持って来なかった

あまりに綺麗すぎた
悲しくも一番お気に入りの場所

臼がい形成不全 変形性股関節症 変形性膝関節症

走れなくなったらどうする?

私のはまだ痛みとしては初期。
そのうち夜も眠れない、仕事にも行けない。そんな日が来る

今はジョグ出来るからヘルニアも保ってる
ジョグと言っても、歩いた方が速い

一年前まで平気で10キロランしていた
半年前から五キロくらいに減り、この2カ月くらいで3キロに減った

コキコキ、パキパキ、カクンカクン、膝はメシメシ音が恐くて屈伸もしたくなくなった
あぐらも、正座もおかしい


朝、階段を降りるとき、ぎこちなくメシメシ、コキコキいう

何もする気がしない1日だった

家族をなくした者は、何を生きがいにするのだろう

早く消えたい

明日は30代最後の海を見に行こう

そうすれば少しは息が吸えるかな・・・

人生の片づけ

今日、帰省していた姪っ子と妹が岡山へ帰った
寂しい
あんなににぎやかだったのに
そして久々に笑った

この頃笑うことなど無かった

もう、8月も明日で終わり

モチベーションも上がらない

今年は人生の片づけを始めた年だった

それにふさわしく8月10日に臼がい形成不全と知り
股関節、膝関節共に変形性関節症
正座もしゃがむこともなるべく最小限にしましょうと。
そして8月19日に肩のMRIで腫瘍が見つかり

最近は何で生きているのか分からず、10月のopで悪性腫瘍で転移していることを願う毎日となった

何が楽しくてみんな笑っているのか
私にはもう楽しみも守るものもなくなった

話をすることも面倒で死んだ魚の眼のような光がなく顔もすさみ、活が消えた

死んでいるのに生きている

仕事が終わると身体全体が痛く、ズボンや靴下を脱ぐのが苦痛
ジョグすると少し楽で体を動かしてから帰る

だがいつまでジョグ出来ることか。この一年で一気に走行距離は縮まった
昨年10月から今の仕事に転職し、関節は徐々にむしばまれていった
みんな年を取れば疲れが取れなくなるのだから仕方ないと言い聞かせてきたが元々30歳頃からのヘルニアが悲鳴の声を上げ始めたのを無視して仕事を張り切りすぎたせいだろう
今ではコルセットがないと腰がぐらぐらで電気が走る。ストンと腰が落ちるような痛みが、消えない

もうどうでもいい体

まだ痛みとしては一割程度だが、これから出来ない事が年々増加するだろう
40歳を目の前に、正座ができなくなった
そのうち和式トイレや床の物も取れなくなる

仕事はデスクワークしかできなくなる
私には出来るデスクワークなど資格も無い

身体を資本にした仕事しかしてこなかった
資本といえば高価な聞こえだが、脳のない人間が身体を酷使するしか術が無かっただけだ

祖母は生きているだけで遺族年金というものがあるが私には生きていても金を食いつぶすものしかない

価値がない

この命、どう使う?

守りには入らない
守っても仕方ない
守る家族はもういない