出かけて虚空感を感じるのは仕方ないこと

日本内で出かけると必ず今感じるのは
虚空感
私にはあんな風にあの人達のように
2人で旅を楽しめる未来はない
娘や孫と一緒に旅を楽しめることも
2人で温泉に行くこともない
国内に出かけるとその現実を必ずみる
自分の無くしたものの姿を
悲しく、辛く、押しつけられる
一人で一人を楽しむには
それなりの生きがいが居る

棺桶の中にも姿がなくなった

去年の今頃はまだ棺桶の中から首を出してあがいていた
必死に何かしよう
何か見つけようと
楽しみを見つけて
行こうと、何かをしようとする気力があった
なのに、今年の自分は気力もなく
何のやる気も無い
だから職場を変えようとしたり
環境を変えようとしたりしたが
迷い、気力の無いものには何も前には進めず
ただ、自分の意志の弱さや
他人に振り回され身動きのない自分に情け無くなるばかりで
この1年空白のまま
何の目標もなく
何のやる気もなく
夏が来る
せめてもと、タイに行くことをしようと決め
インドも行くことで何か目標をもつ理由を作る
そうしようと思っている
こんなうきうきしない旅の計画は初めてだ
私にとって旅の計画はすごく楽しいものだった
それを楽しみにそれまでを頑張ろうと思い生きていた
この夏は海に行こうと言う気持ちさえなくなってしまっている
あんなに40年海が大好きだったのに
なぜこんなに無気力になったのだろう
もう転職など出来ない
記憶力もなくなり、直ぐに忘れ、頭に入らない
やる気が無いことが1番の原因
何のためにやる気を出すかがないからであるのは仕方ないのだが
全部自分の不始末と成長のなさが招いていることだ
今や、棺桶の中に姿さえなくなってしまった
棺桶を覗いても自分の姿はない
どこにあるのだろう

何も楽しめなくなってしまった心

あんなに生きがいになっていた海外が
それをキャンセル料を払ってまでキャンセルしてから
何もかも気力がなくなってしまった
独りになって、楽しみを見つけて
生きる意味を見つけに海外へ出ていた
そんな楽しみが楽しめなくなり
ただただ、毎日死んだように仕事へ行き
死んだように帰る

どこかへ行くにも
それが自分の何になるのか考えると
意味も無いよな
と全く楽しめなくなってしまった
ただ、休みが苦痛で
なんとなく、出かけ
今はフェリーに乗っている
行ったことのない道後温泉
昨日娘のアルバムを見てから
耳鳴りがずっとする
今朝は無くなったけど
首周りがカチカチになっている
気分が悪い、気持ち悪い
何をするにも自分の意志で踏ん切れず決められない
人の心を気にして楽しめなくなってしまった
自分の心がいけないのだ

私の中の何かが少しずつ消えていく

何かと言われると説明出来ないのだが
今まで大切にしていた思いや、常識
人への配慮、思いやり
気の配り方、気遣い
そんな当たり前のことが
段々と私の中の常識から消えていく
そんな常識誰が作った?
日本だけだろ
日本を出ればそんな常識通用しない
なぜ物を大事にしないのか分からないし
なぜこんな何でも使い捨て時代ににって居るのか
よそに行けば、喜んで使われるものを今の日本はみんな捨てている
私自身も昨年の春はこれでも
棺桶から首だけ出してあがいていた
この春は、棺桶を覗いても私の姿が無い

何か少しずつ薄れ
大事な感情や人への配慮がなくなって行く
何とかしないといけない
自分を大事に出来ないからこうなっているのだが

人の想いを知る

なぜ
ありがとう
としか出ないのか分からないが
あんたのせいで家族を無くしたのにありがとうは
たんに、罰当たりな事を思いたくないし、
アル中男に関して、無関心、無情、頭の中も消去したいことだからであろう
関わりたくないし、思い出したくもない
考えたくも無いからで、
色々して貰ったことは感謝している
ただ、アル中男がこの世に生きていた現実だけは残っている
人は最初から、悪人なんて居なくて
育つ家庭から、積み上げられ創られた物がその人の人格となって、形成される
いろんな人格形成されるであろう
私自身もサバイバルを乗り越えるために形成されたアダルトチルドレンである
それを今、ケアする事になっているのだろうと思う
人がどう考え、どう思っているか
言葉の本質を見なかった自分本位の思考を
今ある因縁が正すべき物へと
繫げて行っているのだと思う
話をしてこなかった私の無知な性格が
人と会話をすることで人の言葉の真髄を知りなさいと
冷たくもありがとう
しか出なかったのは
家族をなくした因縁だからで
そうなって仕方ないこと
だから今からの自分がどう変わっていかなければならないかを本当に考えて生きていかなければならないという事なのだ
成長させるには
毎日毎日の積み重ね
毎日毎日、それをひたすら続けて来てくれている
その人の想いを大事にしようと思う

アル中男の死 因縁の意味 そして機を待つ

2018 3 20
整体の客からアル中男の死を聞いた
2017 12 23死去 享年48
今日、半信半疑な自分が嫌で、
本当かどうか本当に確かめたくて
墓に行った
本当にこの日に死去していた。
墓に入った本人を前に
ただ、ありがとう
としかでなかった
その場を早早に立ち去った
半信半疑な事が、本当に死去したことを認めざるを得なかったと同時に
安心感もあった
もう何かされることも、車で追われることも、脅されることも、メールが来ることもない
あのワゴンRの車と同じ車が通ってももうビクつかなくて良くなるはずだ
そう思うと、不謹慎だがホッとしている
それと同時に、手術まで踏ん張ったあれは何だったのだろうか
脅され離婚し、手術をさせて社会復帰するまではと耐えた自分の地獄の日々は何だったのだろうか
手術して、1年後に死ぬなら、手術などしなければ良かったし私が手術まで耐える必要も無かったのだ
手術入院を堺にやっと開放される荷が下りた
あの時やっと解けた洗脳
なぜ家族をなくした
なくす必要も価値もなかったのに
そうなったのも、私自身への戒めだったのだろう

死因は何か分からないが
吐血か、血栓が肺に飛んだか、痛み止めと酒の服用でショック死したかであろう。
自殺するほどの勇気はなかった
口では言っていたが
2017 6月からメールは無くなった
生きる意味がなくなったのであろう
今の私も同じだがアル中男よりはマシだ
生きる意味を探し続けていたのは知っている
だが、それを無理やりに自分の方へ強硬手段、常套手段で持ってきて、人の家庭をめちゃくちゃにしたのだから
生きる意味を見つけられるはずはなかった
何かを無理やりにねじ伏せてまで卑怯なやり方でやるなんて
私の中にはない
善行とはかけ離れた行為である
若すぎる死だが、そうなる因縁は充分に持ち合わせていた
それに関わった私は情け無いが、これも因縁
これからの私に必要であったのだろう
そして今起きている因縁もそうである
その意味が判ってきている気がする
じっくりとその意味を知りながら将来を見定めようと思う
鉄砲玉のようなその場限りの行動言動を決してせず
ゆっくり先の夢のため、実現のため、足場を作ろう
機をまち、時を待ち、人を待つ
まだ機は熟してない。
それにしても、なぜ結婚記念日の12月23日に死去?
なぜ、アル中男の妻の名前も主人と同じだったのだろう
何の意味があるのだろう。
12月23日は否応なしに頭を2つのことが頭を寄ぎることになる。
私が家族を無くした因縁のものが重なり合う

また支配の中の渦に入る 支配と服従

なぜ私は人に支配されるのだろうか
またなぜ私はそう言う人間が近寄って来るのだろうか
父親だけで充分なのに
やっと支配から抜け出した結婚生活
本当に支配のない幸せな結婚生活だったと思う

ぐちゃぐちゃになった支配
また今、支配によって身動きが取れなくなっている
一人で好きな子として生き生き生きられるのになぜまた人に支配されるのだろうか
支配される必要ない人間に支配される意味が解らない
支配と服従
パワーバランスの強い方と弱い方の関係
これはもう充分苦しんだ
だから終末はどうなっていくのかも見えている
全くあの時と同じ
支配の中に入り込むと自己喪失していく
まさに今、あの時と同じ
身動きが取れなくなっている
自分のやりたいことは全く出来なくなり
自分の意思では行動出来ない
なぜ自分の人生なのに、人に決められなければならない?
インドへの生きがいをやっと見つけて
1年に1度の楽しみのために
生きているのに
なぜ奪われなければならないのか
全く理解不能
なぜ私はまた身につけたサバイバルをしてしまうのだろうか
自分が分からないだろう!
と言われた
自分は解っているのだか
他人が分からないから理解不能だから
どう返事をして良いのかどう動いて良いのかわからないのだ
自分で動いてしまえば
自分勝手だ!と言われ
自分で分からないなら相談しろと言われても
他人に何の相談をしろと?
自分の人生なのに